バーチャルさんが見ているはともかく、ぴぴぴのぶきみchを見てほしい

バーチャルさんが見ている、通称"バーチャルさん"。今現在、大変物議を醸しているらしいですね。「VTuber見てるから楽しめた」層と、「VTuber見てるけど面白くなかった」層、二分になってTLが大混迷を極めておりました。個人的には"VTuberを見ている"っていう前提を外してみた場合の批評がどうなるのか気になるところ。考えただけで末恐ろしい。

おまけにBDにもイベントの優先券つけたりしてて、完全に抱き合わせ商法じゃねーかとか思いはしたけど、そんなことはどうでもいい。結局は面白さなんて個人の主観でしかないのだし、そこを批判するつもりもない。俺の感想は、まあ、うん、一般人相手の拷問とかに使えそうじゃない?  って感じですけど。完全にバーチャルさん(を作った企業のドワンゴ)が見ているのは俺ら視聴者の財布の中の金だな、とか思ったりもしたけど、そんなことはどうでもいいったらいいのだ。あ、OPは好きですよ。さすが中田ヤスタカ。さすが。

ですからね、今回は明るくて建設的な話題を、たまにはみなさんにも提供したいと思った次第でございまして。ええ。具体的にはですね、"ぴぴぴのぶきみch"って方を紹介したいな、と。

ぽんぽこ24時のCMにも流れてましたし、名前だけを知ってる方は結構いらっしゃるんじゃないでしょうか。

基本的にはアニメーションとか作ってるVTuberなんですけど、これがまた面白いんですね。面白さは個人の主観と言いましたが、ぴぴぴのぶきみch、めちゃくちゃ俺の琴線に触れまくったわけです。だから紹介したい見てほしい。

百聞は一見にしかず。まずはこの動画を見てください。

 

 

これこれ!  こういうの!  こういうのでいいんだよ!  

まず言いたいことなんだけど、OPのクオリティ、高くない?   最後のスラップがアニメ感だしてる。鷹の爪とかもそうだけど、こういう短編アニメの主題歌はやたらヒップホップで、とにかくカッコいいやつが多い気がする。本人もそれを意識したのかもしれないけど、ちゃんと滑り出しからカッコいい。

肝心の一話の内容なんだけど、時間としては2分そこそこ。だからかもしれないけど、とにかくネタの密度が高い。「ラーメンに二郎をトッピング」だったり、「アボカド6のリプ欄」だったり、とにもかくにも破茶滅茶。でもわかる奴にはわかるし、ちゃんと刺さる。そこら辺にもぶきみちゃんの言語感覚のセンスを感じる。

自分のことを「ゴミだめの底辺」と言い切ってしまえる、ナイーブながらにカミソリのような鋭い感性、面白くないわけがない。今のところ全部俺に刺さりまくってる。

あと、タイトルの"のぞいている"ってそういう意味だったのかよ。

 

 


彼の他の動画を見てもらうとわかるんだけど、わりとしっかりオチを用意していて、最後にはクスリと出来る内容に仕上がってる。

ぶきみch他の動画を全く知らない人でも無理なく見れる仕上がりだし、寝起きの脳みそでも普通に面白いと思えてしまう。

このぶきみちゃん、いわゆる"転生組"で、以前からアニメーションなどの投稿をしていたそうだ。積み上げた技術があるし、こういう実力のある人が新しい活躍の舞台としてVを選んだのなら、それは全然ありだ。

楽曲やアニメーションを作ったり、わりとマルチになんでも出来る系VTuber。個人勢としてはこれ以上ないくらいの逸材なんじゃないか。しかもFAKE TYPEのMVも手がけたことがあるらしい。ただのプロ。そりゃ凄いはずだよ。

ここまで褒めることしか書いてない。それくらいオススメ。

しかも「ぶきみちゃんはのぞいている」、バーチャルさんの裏で毎週更新する予定とのこと。頑張るなオイ。がぜん応援したくなってきたわ。

 あとは、個人的に映画好きってのがポイント高い。映画好きな人って自分が見た映画を何故かリストアップしたくなるし、自分個人の中で勝手にランキングとかつくっちゃったりする。主演俳優のランキングだとか、監督のランキングとかを作ってしまう。

俺もよくメモしてるんだけど、ついぞ誰にも見せたことないし、語り合えたこともない。「散り椿」とか「来る」とか見て、今年は岡田准一の年だなとか主張しても誰も聞いちゃくれないし、なんなら引かれた。だから俺のソウルが勝手にぶきみちゃんにシンパシーを感じてしまう。そしてベスト漢部門がバーフバリなのは疑いようもない。

んで、こういうシンパシーというか、精神的な部分の共感が"面白さ"には不可欠だと俺は思ってる。不思議なもので、こうなってくると俺の経験則上、好きな音楽であったり、笑いのツボまでが一致してる可能性が非常に高い。こう書いてはいるけど、映画なんて見てなくても彼の投稿してる動画は普通に楽しめる。全体的に短いからゆるく見れるし、寝る前に軽く見るでもいい。

思えば、YouTubeを見てゆるく笑うってことが最近はなかった気もする。俺らはYouTubeを番組感覚で見るようになってしまったけど、ほんとはもっと、コンビニに置いてある雑誌みたいな感覚で、軽くつまむぐらいがちょうどいい距離感なんじゃないか。箱推しに疲れた最近は、そう思うことが増えた気がする。そういう人にこそ、ぶきみちゃんの動画を見てほしい。

勝手にシンパシー感じられるのなんて向こうからしたら迷惑きわまりないだろうし、男からのラブコールはいらねえかもしれない。でも俺はすげー好き。

 めちゃめちゃ応援してます。毎週更新頑張ってください。

 では。

誰か、牡丹きぃの心配をしてやれ

思いますね俺は。

今何かと話題の牡丹きぃ。真偽のほどは不明ですが、かなりえげつない内容のリーク動画が出て参りましたね。

もちろんTwitterは阿鼻叫喚の地獄絵図ですし、個人的に一番悲痛かつ切実だなって思ったのがこれ。

 

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悲壮感がひしひしと伝わってくる文言。見てて心が痛む。でも転載はダメだよ、本人も言ってたし。もう消したらしいけど。

正直VTuberの中の人のゴシップなんてどうでもいいですし、今後取り上げる予定もありません。別に演者本人をクローズアップして叩いてやるつもりもない。前世生主のやつとか全員きなくせえなとは思いますけどね。 あと顔がいいのにVTuberやってるやつね。これは絶対ゆるさん。天誅下れ。もしくはYouTuberやれ。三又して騒動になってバイキングで坂上忍に叩かれろ。

違った。そんな話がしたいんじゃないんだ。

 

誰かもっと牡丹きぃの立場を心配してやれ

 

牡丹きぃでTwitterに検索かけてみると、大別して二種類の反応に分かれるんですよ。

一つ目が、「まじかよ失望したわ」って反応。まあ気持ちはわかる。でもお前らこの間までハッシュタグつけて「牡丹きぃを救いたい」とか言ってたじゃん。手のひらドリル大回転無双してんな。グレンラガンかよ。

二つ目が、「今出回ってる情報はデマです、信じないでください」って旨のツイート。俺はこれが一番タチ悪いなって。自分の信じてた偶像が何処の馬の骨とヤってたってのを信じたくないのはわかる。でも冷静にもなってほしい。真偽はわからないけれど、相手の発言にはある程度の筋がある。逆に、その発言には明確な根拠がない。一旦落ち着いてほしい。感情論で理論武装した相手は倒せないから。

主にこの二種類になるわけですけど、なんで誰も、

「真偽はわからないけど、それでも俺は牡丹きぃの味方だよ」

って言葉が出てこないの。まじで。前者はまだわかる。裏切られて辛くて、それどころじゃないってことも。

でも後者なんてお前、デマって断じてた情報がもし真実だったら?  牡丹きぃの演者の立場ある?  どの言葉が一番牡丹きぃを追い詰めるか、一回考えたほうがいい。

牡丹きぃを信じてた自分が傷つきたくないだけで、一番本人に寄り添えてない。ホントどうかと思うね。

最後に、冒頭で語ったリーク動画を載せておきます。

 

 

信じるか信じないかはあなた次第

ですが、こんな状況になってしまえば、復活したところで今まで通りになるはずがない。伸びる見込みもなく、それこそ熱心な一部のファンと交流を続けて、最後はそれにさえ飽きられて、ひっそりと界隈の片隅で消えて終わる。そんな終わり方は嫌ですし、俺だって見るに耐えない。

VTuberだって二次元の絵を一枚隔てただけで、それをめくればタダの人ですし、今後もこういうゴシップと切り離せるわけがない。前のめりになるのもいいですけど、こういう可能性があるってことは常々考えてほしい。その上で、無責任な擁護は本人にとって毒でしかないってことも。

あと、鳴神裁くんは法的措置をとられない程度に頑張ってほしい。自分が裁かれたら目も当てられないから。

では

VTuber、広告打ち過ぎ問題

インターネットを使う人間のほとんどがYouTubeを見たことがあるだろうし、誰しもが一回は動画に付随する広告に「うざいなぁ……」と辟易したことがあるはず。

少し前の話ですが、YouTube上でtiktokの広告がやたらと目に飛び込んできたのは記憶に新しい。俺も何度か目にしたんですけど、反応に困るんですよねアレ。

仕事や学業で疲れ、日々の癒しや感動、あるいは笑いを求めて俺らがYouTubeを開いたら流れ始める謎の音楽。変顔をリズムに合わせて繰り返す男女。それが色々な動画を見るたびに出てくるんだからたまったもんじゃない。純粋なストレス。自律神経がぶっ壊れるかと思った。

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メガネの掛け方知らねーのかテメエ。

話が逸れました。この広告ですけれど、インストリーム広告(よく目にする、5秒程度でスキップできるやつ)の場合、1再生につき概ね数円~30円程度で打てるらしいです。入札制のため変動はありますが、かなり良心的な値段。さらには広告を出す動画の種類も選べる。おまけに30秒以上の再生を待たずにスキップされた場合、そのプロモーションに対して費用は発生しないそうです。

まったく知らない人の動画を30秒も見てる時点で、そいつはファンの素質満点。単純計算でファンが一人頭30円で増える。優しすぎる。優しすぎるぞYouTube運営。きっと彼らの前世はマニ車とか徳の高いものだったに違いない。

そして、これだけ対費用効果が高ければ当然、インターネット利用者層をメインターゲットに据えた会社はYouTubeに広告を打ちますよね。それはVTuberだって例外じゃなく。直接的な登録再生数に繋がる上、最初から金を持ってる企業こそこれを打ちたいはずです。現にバンバン出してるし。

さて、この広告ですけど、一部のファンの間では意外と良い感情で受け入れられてないらしいんですよ。それは何故か?  そして、バーチャルYouTuberが広告を打つことは悪いことなのか?  今回はこれらについて考えていきたいな、と。

 

広告を打つこと≠悪いこと

 

当然の話ではありますが、広告を打つことは悪いことじゃないです。これはもう大前提。

ビジネスは存在を知ってもらうことから始まるんですから、どれだけ優れた腕を持つラーメン職人が、どれだけこだわりをもってラーメンと自分の仁王立ちしたパネルを作ったところで、人々に知られなければあっさり店は廃れるし潰れる。それよりも食べログで自作自演した方が遥かにマシ。そんな店は嫌ですが。

広告を打つのは悪いことじゃないけれど、『悪い広告の打ち方』はあります。開拓が見込める層に向けて発信することも勿論なんですけれど、それ以上に内実が伴ってなければ意味がありません。むしろマイナス。

これが現実の、電車やビルに貼られた広告であれば、興味がなければただの風景として扱われて終わり。ですが、インターネットではそうもいかない。半ば無理やりにそれを認知させられ、それに大して好悪の感情を抱くことになります。現実の広告とネットの広告の最大の違いって、これだと思うんですよ。現実の広告なんて興味ないやつはマジで見ないし覚えないけど、ネットの広告は否が応でも目に飛び込んでくる。

言っても興味のないプロモーションなんて、その時は『うざいなあ』ぐらいは思ってもすぐに忘れてしまうだろうし、興味があればクリックして登録再生数に一役買うかもしれない。あれ、デメリットなくない?  もちろん、そんなうまい話なわけがない。

問題はいくつかありますが、例えばそのVTuberが所属する会社、あるいはVTuber本人の不祥事、もしくは人気に釣り合わない大舞台に立った時。俺たちは会社とVTuberの演者は別だと切り分けて考えるけれど、外部にしてみればそんなことは分からない。昨今のテレビの反応を見るに、VTuberはキャラクタービジネスとして認識されてます。叩かれる時は会社もVTuberも一緒くた。むしろ表立って活動してる分、VTuberが真っ先に的になる。

何も知らない人間にしてみれば、VTuber?  なんのこと?  って感じだけど、広告を見た連中はそうもいかない。深層意識に植え込まれた『うざいなあ』がめきめきと育ち始める。

そこで俺みたいな、汚水を綾瀬川の清流で煮込んだような、大変に素晴らしい性格の持ち主に見つかればさあ大変。やつらは嬉々として石を投げます。だってうざかったし。

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 俺だってtiktokerの不祥事を聞けば、「ふーん、そうなんだ」って感じに表向きは興味なく振る舞いますけど、内心では、

「イエス!  ざまあ!!」

狂喜乱舞。自分の嫌いな奴のゴシップはいつだって蜜の味。

俺ほどに美しい性格の持ち主でなくとも、広告の度が過ぎれば不満を持つやつはいっぱいいます。ファンとして獲得できた人たちはともかく、それ以外に潜在的な敵を増やす可能性も孕んでるわけです。

様々なところで目につくというのはそれだけでメリットだけれど、失敗すれば人気の実態を伴わずにアンチが膨れ上がる。

これに関しては引き際を間違えなければいいですが、こうして手に入れたファンは意外と飽きっぽい。自分たちで苦労して探し当てた掘り出し物は大事にするかもしれないけれど、労せずして手に入れた物にそこまで愛着が湧くはずがない。むしろ、残酷なくらいに自分たちの実力を浮き彫りにする。 

とはいえ、認知の機会としてこれほどの絶好の場はないでしょう。活用するのは手です。むしろ才能が埋もれて終わるくらいなら、いいんじゃないですか、広告。

 

そもそも広告が嫌いな人たち

 

そもそも、広告そのものに対して悪感情を抱く人たちもいる。広告がうざい、とかではない。単純に、"嫌い"。

むしろ、ここからが本題。これはもう理屈じゃないんです。

これには色々な要因があると思うのだけれど、その最たるものは『金』。

人間は『金』を、ひいては『金持ち』を嫌悪しやすい。自分たちより良い思いしやがってとか、なんで俺は度数ばかり強い安酒飲んで、芸能人は馬鹿みたいに高い酒を飲んでやがんだとか、理由は様々。とにもかくにもお金持ちには嫉妬や羨望が入り混じる。それは企業だって例外じゃないみたいで。

だけどこれも無理からぬことで、想像してみてもほしい。暑い日差しがアスファルトを照りつける苛酷な環境の中、延々と続く道を貴方の好きなVTuberが一歩一歩踏みしめていく。そこにファンが寄り添い、時に励まし支え合いながら、先へと進む。そんな感動的な光景の中、オープンカーに乗ってアリアナグランデをずんじゃか流しながら札束ばら撒いて時速160kmで去っていくセレブたち。台無し。いろいろと。

自分の推しが長い時間をかけて築き上げた人気を、金のある企業が爆速で追い抜いていくのだから。俺も人の子だし、それに思うところがないわけじゃない。

でもこれに関しては、割り切るしかない。むしろ多大な費用をかけている分、一見の優雅さ以上に、彼らも内心は必死。金をかけた分、止まったり躓いたら死ぬ。だから止まらないためにあの手この手を尽くすし、結果としてそれが界隈のファンを増やすための呼び水になる可能性だってあるわけですから。

それに登録者数を広告でいくら伸ばしたとしても、そこに内実が伴わなければいずれ潰れます。企業主体でやる以上、利益が見込めないのを続けるはずがない。生き延び続けられたのなら、それは単純に実力。素直にそう思いましょう。負け惜しみしてんなよ。

 

最後に

 

広告を打つことは"悪"じゃない。これは明確にNO。もちろん実力に見合ってない宣伝をすれば、そのしわ寄せはいつか来る。でも、やること自体は間違いじゃない。今回はそういう記事でした。

最後ですが、今回の記事を書こうと思い立った原因について軽く触れたいな、と。

前にこのブログで取り上げさせていただいた花譜なんか、主に海外に向けて広告を打ってるとか。だけどこれに関しては明確に止めた方がいいと思うんですよ。そもそも日本人的な音楽は海外じゃ全然ウケないし、アイドル的な売り出し方を望まないのであれば、邦楽の覚えがいいアジア圏に留めておくのが無難。

おまけに広告を出した時点の登録者数は一万そこそこ。国内からも正当な評価が下されるはずがない。むしろこのやり方は変な連中に目をつけられかねないし、寿命を縮めるだけ。

誰しも、デビューしたての新人が異様にプッシュされれば、裏にいる企業の、そこにいる大人の思惑を勘繰ってしまう。潜在的な敵は増えるし、既存のファンには一抹の不信が残る。

音楽性や才能を正しく評価されたいなら、こういう広告の仕方は"なし"。俺はそう思います。

 

https://m.youtube.com/watch?v=hcm1LGOxJbc

 

曲は普通に良い曲なんですよね。広告を打たなかったところで、いずれは国内だけでも100万を超えられるだけのポテンシャルはあった。

広告を打つことは悪いことじゃない。でも、待つべきタイミングはある。

花譜の運営にはそれがcount0に合わせることだったのかもしれない。結果はまあ、コメント欄を見ての通りですけど。

これに限らず、積むべき土台を建てずに打ち立てた人気なんて、それこそ砂上の楼閣と同じ。ほっといたって崩れ落ちる。広告は確かに登録者数だとか再生数だとか、目に見える数字を伸ばすかもしれない。だからこそ、安易に頼るべきじゃない。

広告に対して俺は肯定的な立場ですけど、かといって、とりあえず広告出しときゃ伸びるだろ、みたいな考え方はやめてほしい。熱心なファンつかないし、各所に敵も作る。せめてファンがある程度ついてから、それも一回限りとか、そういう風にしてください。

企業はもうちょい考えて広告打ってくれ。具体的にはかんなとかかんなとかかんなとかな。

では。

バーチャルYouTuber衰退のきっかけを作ったのは企業かもしれないけど、トドメを刺すのは紛れもなく俺たちだ

先日こちらの記事を書かせていただいたところ、いろいろと凄かったんですよね。主に反響が。

いやあすごい。やっぱ人間って何かを貶める時や罵倒する時ほど脳がフル回転するもんなんですね。普段配信の時は俺含めて「かわいい〜」しか言えないくせにねオタクって。悪口書いてるときの口の回りようはベイブレード並み。止まらねえゼ。

本当にいろいろなコメントをいただきました。その中にはもちろん勉強になるもの、勉強になるどころか、トイレとかに置いてある日めくりカレンダーに付いてる詩より意味不明な意見まで。

とくに俺が「?」ってなったのは、

「この記事を〇〇(VTuberの名前)が見たらどう思うでしょうね」

って旨のコメント。いっぱいきた。

いや、どうも思わねえだろ。

そもそもですよ。一視聴者の、しかもこんな場末のブログの記事をわざわざ読んでるやつがいるのか? って疑問もありますけどね。読んでたとしたらお前、なんかもっと他にやることあんだろ。

よしんば見たとしても、「不愉快なやつがいるな〜」ってそっとミュートされるのがオチ。

これら全部をオタク特有の早口で言ってるのをご想像の上、ご覧ください。

俺らオタクってのはそもそも日陰者なわけです。陰と陽があれば、間違いなく陰。底辺。はみ出し者。クズ。そういう下地をもってる奴ほどオタクになりやすい。俺と俺の周りがそうだから、間違いない。反論は認めます。

とにもかくにもオタクって生き物はアイデンティティとかそういうものが確立出来てなくて、常に自信がない。

発言一つとっても玉虫色の答えしか出せないのは「こう答えたらどう思われるだろう」だとか、「こんなことを言ってしまったら、嫌われるだろうか」なんてナイーブさが先行するから。

だから「〜〜が見たらどう思ういますかね?」なんてダサいことを平然と書く。いや見ねえし、お前がどう思ってるのかを書け。他人の名前盾にしてこっちの顔色伺ってんじゃねえぞ。

誰かを好きだったらそいつとそいつの周りを全肯定しなきゃいけないんですか? 違うでしょう。例え俺の好きなVTuberであっても俺の言論までは統制しちゃいけないし、ましてや他人の名前を出してまで俺の自由を封殺しようとする連中に、そんな権利はない。

勘のいい方々は気づかれたと思います。そうです。今回はオタクがオタクを叩くって趣旨の記事です。我ながら同族嫌悪とダブスタ感すごくて失笑もの。まあ聞いてくれや。

なぜかオタクって自己肯定感は低いくせに、自意識だけはやたら過剰なんですよ。もちろん現実に自信なんて持てないからこそ、こうしてバーチャルだったりアニメに癒しを求めてるわけです。かよわい可愛い生命体なんですよ奥さん。家に一匹いかがですか? まあ俺らはすごく凶暴な上に全然他人に懐かないんですけどね。まだパンくんの方が賢いし世話のしがいがあるんじゃないでしょうか。

オタクの最悪なところはここにとどまらなくて、無駄に過剰な自意識の暴走しやすさがエヴァ初号機レベルってこと。ATフィールド全開なうえに、すぐ心のナイフを出しちゃう。

自分の好きなものを否定されようものなら、それを通じて、

「そもそもこんなんをありがたがって見るお前の人間性がどうかと思うわ」

って言われた気がしてしまう。もちろん実際はこんなこと言ってないです。でも俺らは現実として世間がマイノリティに厳しいことを知ってるから、口には出せない。別にいいじゃないですかももクロの緑が好きだって。それだけで"悪趣味"とか。ほっといてくれ。

結果ますます現実以外にのめり込んじゃうわけです。負のスパイラル。一度ハマってしまえば底辺へウェルカム。

こんなんオタクと底辺しか集わないVTuber業界じゃさらに顕著。批評=アンチってレベルにまで先鋭化されるわけです。実際俺の記事に真っ先に食いついたのは、VTuberのファン層。

別ににじさんじだけのせいじゃない

そもそもにじさんじは偶発的に一因になってしまっただけで、もっと具体的な悪がいるんですよ。そう、俺たち視聴者側です。

前にもいたはずなんです。にじさんじやアップランドをはじめとする他の企業のやり方を批判する奴らは。見た限りだったら、夏に入る前にもそのことに言及してた連中はいっぱいいました。俺を含めたそいつらの意見が本当に正しいかはさておくとして。

でも、そいつらは何も言わずに出てった。その理由も明白で、俺らがそんな彼らの説得を聞き入れなかったからです。思えば、あの無意識な自信はどこから出てきたんでしょうね。

ところが夏もあけて、いくつかの無名企業が傾き始めるわけです。倒れた後に残ったのは、貢いで軽くなった財布と虚無感だけ。やるせないですね。

そこまで来ておいて、まだ誰も界隈全体が傾いてる現状に気付かない。気付いてる奴はいるんだけど、そんなもんは当然無視されてる状態。

実際に企業が倒れてVTuberが死んだ際、当事者たちにも悲喜こもごもはあったでしょうけど、彼らは誰も責めなかったんです。健気なことに。明らかにずさんな管理体制だったとか、営業していた会社に多少の不満は言うものの、VTuberって界隈全体の自家中毒、その一端が目の前で起こってるのに、それを指摘しなかった。指摘、できなかったんですよね。そこまで頭が回らなかったのか、頭を回らせたくなかったのかは知りませんが。

指摘できなかった理由の一因は、俺らオタクが超凶暴だから。現実世界だとフナムシレベルの腰の低さを見せるくせに、途端にインターネットになると牙を剝きだすからです。近寄らないほうがいいぜ、俺ァ切れるからヨ……。

特に俺らが凶暴になるのは、集団になった時。オタクは教室や職場では常に少数派という肩身の狭い隅っこに立たされ続けていたわけですから、いざ多数派に立つと手がつけられない。てか、どうしたらいいかわかんないし加減を知らない。結果巻き起こるインターネットリンチ

そしてそのことを一番知っているのは、同じオタク。だからオタクはオタクに噛みつかない。噛み付けば最後、より味方の多いオタクに潰されるから。こうして社会の底辺にもヒエラルキーが発生するわけですね。地獄かよ。

そして企業主導のもと、目の前でごうごうとVTuberっていう業界が燃え盛ったわけです。なのに俺らは馬鹿騒ぎ。なんなら、なんか分からないけど楽しそうだからって理由でさらに油を注いだわけです。その先に残るのは燃えカスだけなんですけど、俺らオタクは群れて気が大きくなってるから気付かない。

万が一気付いたやつがいたとしても、なんか言ってるそいつが気にくわない。だからマシュマロに悪口連投するか、FF外からシュバってボコして火にくべる。気付いたら宗教の領域に到達してたわけです。しかも蛮族系。

VTuberに未来はあるのか。

なんて言ったりして。でもそれを決めるのは俺たちじゃなくて、実際に出資するのは企業です。俺らは金と時間を搾取される立場。逆に、俺らから金が取れないってことがわかったら、連中は早くに見切りをつけます。やつらだって社員を食わせたいから。

そもそもこんな場末のブログにわざわざ意見書いてる段階で、みんなも俺も紛れも無いVオタク。ツンデレかって。

本当に見限った連中は一言二言言い残すか、それさえしないでパッと消えます。思うに、この界隈って本当にファンを引き留める力が弱いんだなって。そうやって離れてた連中がいざ戻ってきて、一時間以上のアーカイブが並んでるのを見て、生配信で内輪ネタで盛り上がってるのを見てしまって、本当に離れてしまう。

そしてそれを良しとする俺たちファン。改善されるわけがない。

俺は嫌いだから叩いてるんじゃない、「好き」だから叩いてる、なんて偉そうなことは言いません。俺の主観の元にあれだけ叩いておいて、いまさらそんなこと言えるほど面の皮は厚くないつもりです。

だけど、良いものを「良い」って言えるのと同じくらいに、悪いものを「悪い」って言えない世界に未来なんてありますか?

そして、悪いものを「悪い」って言えなくさせたのは、紛れもなく俺たち視聴者。

生放送箱推し偏重へと形態が移行したのも、俺らがその需要を望んだから。それにしたって行き過ぎてるとは思いますが。

どういった形であれ、俺はVTuberには生き残って欲しいと思ってます。今はダメでも、いつか実を結べば後の時代に、キズナアイたちへの正当な評価と記録が残されるはずですから。結局誰の記憶にも残らず消えるのが一番悲しいし、彼女たちの努力までは否定したくない。

ここまで書いておいて、前回も、今回も、俺の記事や理論は偏見で塗り固められた穴と嘘だらけ。さあぶん殴れよ。お前らが俺の意見を止められないように、俺にもお前らの意見を止める理由がない。そのまま寝ぼけた企業連中や個人もぶん殴れ。対立と競争。それが世の常なんだよ。それを明確にしてやれ。そうすればちょっとだけ、ほんのちょっとかもしれないけれど、何かが変わる。

説教くさいことばかり言って申し訳ないです。これからはてきとうなことしか言わないつもりだから許しておくれ。ほんとに。嘘だけど。

俺がVシンガーとかの層に多大な期待をかけちゃうのは、彼ら/彼女たちが新しい畑を開拓してくれる可能性があるから。

VTuberは一部オタク層の取り込みには成功した結果失敗しかかってるんですが、俺の知る限りでもう一箇所だけ、一番可能性のある場所があります。

"歌い手"層です。

彼らはプロフィールに/(スラッシュ)を多用する生態で有名。一説によると、あの/の多さが部族内の階級を表すとか表さないとか。まふまふ/そらるなんて具合に。しかも奴ら、とんでもなく見境がない。中には、ワンオク/天月/星野源なんて音楽性グッチャグチャのキメラが錬成されてる始末。

どうでしょうか、96猫/米津玄師/ゆず/YuNi。違和感ないし、実際にやつらならやりかねない。しかもやつら、曲の良し悪しなんてわかってない。

「ボーカルが男・女・声が高い・低い・四つ打ちだと嬉しい」

くらいにしか思ってない。ベースの音さえ聴き分けられない連中です。ここまでちょろい連中、そうはいない。あいつら揃いもそろって曲のノリの良さとボーカルの顔面しか見ない。その間隙を突いてくれ、Vシンガー。

なんて勝手に俺は期待してます。

俺は別にVTuberのアンチになるつもりはなくて、むしろ生き残って欲しいって明確に思ってます。いろいろ言ったけど、やっぱ俺も脳みそ溶かされてんスよ。もう戻れない。

こんだけ好き放題書いて各方面に喧嘩売りまくったんだ。次に会うときにゃ俺は死体だよ。あばよ。

バーチャルYouTuberというコンテンツを明確に腐らせたのは、どう考えてもにじさんじのせい

おはようございますみなさん。2018年も終わるというのに、世間では未だにVTuberの話題、尽きないですね。どう!? 今日も萌え声とEDM、聴いてますか!?

さらにはバーチャルYouTuber、総勢が6000人を突破したそうで。さらに企業としてはサントリーロート製薬GREEまで参入。そんなバーチャルYouTuber、巷じゃ百億円市場の可能性、金のなる木なんて呼ばれてますが、本当にそうですかね?

http://originalnews.nico/141378

まずはこちらの記事、読んでいただきたい。

1ページ目前半、塚本大地社長の言葉であるが、『実態の市場の大きさに対して、出資額だけがどんどん膨れ上がってしまっている状況』となっている。

たしかに。一理どころか百里くらいある。ちなみに後半は読まなくてもヨシ。どう考えなくてもIRIAMは明確にコケてるからです。読むだけ時間の無駄。

さて、次に見ていただきたいのはこちら。

VTuberの登録者数。その順位(12/8付け)です。着目していただきたいのは、上位5名(A.I.Gamesを除く)を合わせた総登録者数。約500万人。

あれ、こんなにいるの? これ合わせたら日本の総人口の20何分の1くらいはいない? もちろん実際はそんな単純な話じゃなくて、同一人物が登録していたりもあって、本当の数字はもっと低いです。

じゃあここで、一番登録者数の多いキズナアイを例に考えてみましょう。他のVTuberを登録してる人の何パーセントがキズナアイのチャンネルを登録しているでしょうか?

答えは簡単。ほぼ100パーセント。「シロちゃんは知ってるけど、キズナアイは知らない? 誰?」とはならない。普通に考えて。つまりキズナアイの登録者数=VTuber全体の総視聴者数と言い換えてもいいわけです。

で、肝心のキズナアイの動画の再生回数。2018年の11月中で848万回。総アップロード数は21。単純計算で動画一つにつき40万回再生されてるわけです。

さて、残りの200万はいずこへ?

箱推し生配信偏重主義の恐ろしさ

みなさんは箱推しって聞いて、どこを思い浮かべますか? にじさんじ、アップランド、ホロライブ、その他諸々。

例としてあげさせていただいた三つの箱なんですけど、この三つには共通したある特徴があります。それは、明確な旗頭がいること。

例えば、にじさんじであれば月ノ美兎。アップランドには電脳少女シロ。ホロライブはときのそら。なんて具合に。それぞれに数十万って登録者数がいて、彼女たちが門になって、それぞれの箱への流入を促している。

これが大変よろしくない。こんなん、おっかなびっくりVTuberってコンテンツに入ってきて、『大丈夫かな〜、みんな優しいかな〜』とか言ってる初心者の目の前に、飢えたピラニアの群れを放つがごとき所業。

f:id:seijiblog:20181208015504j:plain ※画像はイメージです

考えてもみてほしい。

「今日もお仕事/学校疲れた〜」

って言いながら帰って、テレビのリモコンくるくる回して、

「最近アニメもあんまり面白いのやってないな……」

とか言いながらお気に入りのバーチャルYouTuberの動画を見ると、関連に生配信中のVTuberの姿が。

そこには可愛らしいアバターで、可愛い声で愛想振りまきながら生放送してるわけです。ついコメントとか打ったりして、何かの間違いでそれを読まれようものなら、

「か、かかかかか可愛い過ぎる〜〜!! 推します!!!」

こうして箱推し生配信偏重の現在の出来上がり。うーん、客観的に見てても恐ろしい。大脳を萌え声に溶かされてるんです俺らは。

んで、この人たちはそもそもどうやってVTuberを知ったのか。最初の話に戻ってきますが、それはやっぱりメディアやら急上昇やらに乗ったキズナアイやミライアカリを見て、ってことになってきます。

そして、ここからが問題。箱推ししたら最後、そいつらは他のVTuberを見るのをやめるってこと。もちろん全く見なくなるわけじゃない。でも、明らかに激減はする。

理由は簡単。生配信は基本的に1時間だから。箱推しになると毎日同じ配信見て1日が終わる。起きる。仕事/学校行く。帰る。配信見る。寝る。そんな感じになってしまう。

箱で生きて箱で死ぬわけです彼らは。悲しき生物の一生みたいになってきた。

かくして、キズナアイが獲得した二百万という数字の半数が企業の箱に吸われていくわけです。あら不思議。数字が消えちゃったよママ! いわながさんってば魔法使いだったのね。

※画像はイメージです。

こんなん自分が耕した畑で焼畑されてるも同然で、俺がキズナアイの立場だったら恨み言の一つでも言いたくなる。それぐらいのことを彼らはやったわけです。

しかも、さっき上げた例みたいな旗頭のいる箱はまだ良い方。なんせ人寄せパンダがいますからね。客足が遠のく心配はしばらくしなくていい。

じゃあそうじゃない他の企業は? どうすりゃいいの? 答えは「無し」。運良くバズるのを待つか、死ぬしかない。アーメン。

大体にじさんじのせい

じゃあ何でどこの企業も箱推しなんてしているのか。これに関しては明確な答えがあります。

にじさんじです。なにせLive2Dだから機材もいらないし、モデルも圧倒的ローコスト。ハードルを下げに下げまくったわけです。大体がにじさんじのせい。お前に恋人ができないのも、世の中が不景気なのも、大体にじさんじが悪い。ごめんなさい嘘です。

今までは、実際にバーチャルYouTuberやるのには大っきな壁があった状態。3Dモデルを用意して、それに見合う機材も買って、プロの演者を雇って、動画の編集にもいそしんでと、大変に手間暇を企業はかけてきたわけですね。

ところが肝心のにじさんじときたら、モデルは2D。演者は素人。機材はスマホかパソコン。生放送主体だから編集の必要性、ほとんど無し。徹底したコストカット。

おまけに、見ての通りの大盛況。これに関しちゃ時期が良かったとかの要因もあるとは思いますが、世の中は結果が全て。そして結果は大成功。飛び交うスパチャ。開け時給何百万のトビラ。歌舞伎町のキャバクラかここは。

俺が他企業だったらやってらんないし、これから参入する連中は当然こっちを参考にするわけです。

結果は、需要に対して膨れ上がる供給。何も考えずに参入してきては切り分けられたパイを奪えずに餓死していく企業たち。傍目に見ればギャグ。

さらに、生配信には致命的な欠点があります。それは、アーカイブがクソ長いこと。

考えてもみてください。他人からバーチャルYouTuberを勧められて、まとめ動画かなんかを見せられる。ちょっと興味を持ってそいつの過去動画を見てみれば、再生時間一時間超の過去のアーカイブたち。アメリカの拷問かよ。三時間もすれば発狂間違いなし。

コンテンツって生き物なんですよ。呼吸するように古いファンが剥がれて、新しいファンが居つき始める。このサイクルがコンテンツには必要不可欠なわけです。

ところがどっこい、バーチャルYouTuberはこの居つくためのハードルがあまりにも高すぎる。だってお前らが面白い面白いって褒めそやす連中、ことごとくアーカイブが一時間とかあるんだもん。見てらんねえよ。

参入のためのハードルを下げまくった結果、粗製乱造された挙句に、逆に視聴者側のハードルが上がるっていう限りなく最悪の事態を招いたわけです。

焼畑農業なんて例え方しましたけど、これはあながち間違いじゃなくて、今のVTuberという界隈はにじさんじを始めとする生放送箱推し勢力が焼き尽くした後になってます。焼いた一年目は大収益があったとしても、これから先は目減りしてく一方。後から参入すればするだけ不利。

にじさんじの功罪

以上が、にじさんじの功罪でいうところの"罪"になるわけです。もちろん罪ばっかりなんてことはなくて、ちゃんと彼らにも良い面はあったりもします。

彼らの"功"は、個人からスターダムへのし上がれる可能性を拓いたこと。

この一点に尽きるかなと。

この間の、「のとく番」で一位に輝いた「名取さな」とかはこのパターン。にじさんじの面接に落ち、にじさんじが下げたハードルを抜け目なく見逃さなかったからこそ、彼女は今の立場に立てた。

結局のところ、にじさんじなくして今の界隈の興盛もありえなかったわけなんですよね。

でもこれは正直"罪"とも表裏一体で、似たようなのが巷に溢れかえった結果、本当に素晴らしいものまで隠れてしまった。

ただ、にじさんじがやらなくとも、遅かれ早かれ、誰かがいつか似たようなことを始めたのは間違いないです。たまたまそれを、彼らが早めてしまっただけで。

実際に12月にさはなが現れて、さらには天魔機忍まで。その兆候は十分にあって、さらに爆発のきっかけがにじさんじだった。

今回こんな釣りまがいの記事を書いたのは、現在似たようなのがまたどんどん増えてきて、結局は採算取れずに撤退、ファンだけを残して。って現状に俺個人として思うところがあったからです。

盲目的過ぎる視聴者の何が問題かって、面と向かって言ったところであいつらは、「自分と、自分が見出した推しは違う」っていう無責任な自信に満ち溢れてる。純粋な目してやがる。でもゴキブリだって目だけは純粋だと思うんだ。

だったらせめて、そいつらの自信そのものをへし折ってやるっていう悪趣味過ぎる意図のもとにこの記事を書きました。誰にも謝りません。

ですが、企業連中だってここじゃ終わらない。聡い企業であれば次の手を考えているところもあるだろうし、注目度って意味じゃこの業界にはいぜん視線は集まったまま。

逆にどうやって企業や個人は現状の環境を打破するのか、俺は楽しみで仕方ないです。

個人的に、YuNiをはじめとして台頭しているVシンガーとかなんて今アツくて、一番可能性があるんじゃないかなって思ってます。

さて、次は「バーチャルYouTuberというコンテンツを腐らせた原因、YuNi」でお会いしましょう。嘘です。

Vシンガー期待の星、花譜

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「花譜」は「東北の何処かに棲む、何処にでもいるようで何処にもいない14才」。独自の世界観と透明感のある“花譜ボイス”が最大のポイント。キャラクターデザインはイラストレーターのPALOW氏(TwitterID:@PALOW_)が担当

以下記事https://www.google.co.jp/amp/s/www.moguravr.com/vtuber-kafu/amp/より引用

"花譜"で検索すると、トップに出てくるのがこの記事。肝心の説明がふわっふわっしてて全くわけがわからん。しかし今、ジワジワと人気が来ていて、すぐにでも爆発しそうな気配を見せている。まさに「ブレイク前」という言葉がふさわしいバーチャルYouTuber。期待のニューカマー。それが「花譜」。

実際に僕も動画見てみたわけなんですが、なんていうか「あ、こいつ売れるな」って。三秒で確信しました。

そんなわけで、ですね。僭越ながら今回ワタクシめが、Vシンガー期待の新人、花譜をプレゼンさせていただきたいと思います。

まずですね、彼女の活動のプラットフォームはYouTubeと、インスタ。そう、バーチャルインスタグラマーでもあるわけです彼女は。意味わからん。

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欲しがってたから せつなさを抱きしめた。

花譜さん(@virtual_kaf)がシェアした投稿 -

これ。

見て三十秒で大脳が理解を諦めた。キャプション(文章)はやたらと匂わせぶりかつ詩的。崎山蒼志かよ、感性がよ。こんな14歳は嫌すぎる。

しかも撮影場所は決まって夜の渋谷。ネオンライトをバックに、どこか退廃的で、背徳性を感じさせる写真ばかり。これが実に花譜の持つ世界観を表している。

そして思い出していただきたい。彼女はバーチャルシンガーかつ、バーチャルインスタグラマーなのだ。なのにお前、普通に背景の渋谷は実写じゃねえか。バーチャルとは何ぞ? 哲学か? 意味がわからない。

しかも、やたらとリアル感出しておきながらのそのフード。ふざけてんのか。14歳でも着ねえよそんなん。竹下通りでも売ってんの見たことねえ。どういうことだ。

プレゼンさせていただきますとかドヤ顔で言っちゃったけど、これは無理。お手上げ。専門家を呼んでください。なんてわけにもいかないので、真面目に彼女は何を狙ってこういう戦略をとってるのか、そこんところ考えていきたいと思います。

かいつまんで説明させていただければ、リアル感と非実在性の両立って言えばいいんでしょうかね? すごい歪なキャラクター像。それが花譜を構成しているわけです。

総じて彼女の印象は、

「わけがわからない」

これに絞られちゃうんですよね、結局は。説明がふわっふわっしてるとか言ってごめんなさいmoguraさん。当の本人が大分ふわっふわっしてたんであなたの説明は正しいです。

だけど、アーティストにはこの「わけのわからなさ」が重要だったりもする。いわゆるカリスマ性というやつで。カリスマは他人から理解されちゃいけないし、脳の構造からして我々凡夫と違うということを見せつけなければいけない。理解されてしまえば、カリスマ性はたちまちに薄れて無くなってしまう。

「彼女は明確に"違う"。今までの有象無象とは」

そう思わせたら花譜の勝ち。そして彼女にはそれだけの力と、真似のできない世界観がある。


上述の記事にもあったように、「花譜ボイス」というのは甘いロリータ声の入った、今にも泣き出してしまいそうなウィスパーボイス。一度聞いたら中々忘れられない。良くも悪くもクセが強すぎる。万人ウケはきっとしない。だからこそ、彼女という存在に替えはない。

そして、この選曲のセンスよ。


この花譜という人物は、わけのわからなさをウリにしながら、カバーしている曲は彼女なら歌いそう、と思わせてしまうラインナップばかり。決して自己主張はしないが、彼女という人間性は曲を通して静かに語られている。

これは"ファッション性"と言い換えてもいい。ヴィヴィアンの財布が似合うような、渋谷のキャットストリートをトートバッグ持って歩いてそうな。花譜からはそういう感じが溢れ出ているし、それに共感する人間は一定数いる。

ファッションにはそいつの人間が現れる。レイバンのサングラスしてるやつは確実にミーハーだし、キティーサンダルを大学に履いてくるやつはまず間違いなくDQNおいしくるメロンパンが好きな女には関わっちゃいけない。十中八九メンヘラだから。まじで。

そいつという人間の根底から漏れ出すもの、それがファッション性なわけだ。

既存のVシンガーたちには、このファッション性が無い。例えるなら、山下達郎がシュプリーム着て「クリスマスイヴ」を歌ってるようなもので、良く言えば万人に向けて発信している。悪く言えばこだわりを持っていない。ああ、売れる曲を歌ってるんだろうなって感じ。

その点、彼女は自分という人間の見せ方を分かっている。大変に賢い。セルフプロデュースがここまでしっかりしているのは中々いない。

ファンからのリプライも殆ど返さないし、決して自分の底を見せない。徹底して花譜は「花譜」というキャラクターを演じてみせている。ミステリアスというベールを纏って、それをめくらないし、めくらせない。

彼女の目指してる方向性、戦略性っていうのは、バーチャルYouTuberでも、ましてやVシンガーとは名ばかりの歌い手でもない。真っ当にアーティストを目指してやってんだろうなって。

さらに、14歳。思春期特有の多感さと、ガラスのような繊細さを併せ持つ儚い存在。言ってみればJCなんてもう存在そのものが貴重かつ尊い。俺も大好きです、JC。

まさに鬼に金棒、デブに揚げ物、花譜に14歳。うーん、控えて言って無敵。手がつけられない。


さらに、動画のコメント欄を見ていただきたい。すげえ気持ち悪いんだコレが。中には花譜に触発されてポエミーなことを呟いてるヤツさえいる。なんなんすかね。ポエムってバトル制(よりキモかった方が勝ち)なんですかね? 俺も40枚集めて闇のゲーム始めようかな。

そして自分の経験則上、動画のコメント欄が気持ち悪いことになっているアーティストは伸びる。

いきおい筆をとってみたものの、それもこれも花譜という新進気鋭のバーチャルシンガーが魅力的にすぎたのが悪い。俺だってコメント欄に気持ち悪いポエムを思わず載せてしまいそうな魅力が、花譜にはある。

まだ活動を始めて2ヶ月の新人。その花譜ワールドに足を踏み入れてはいかがだろうか?

俺はもう片足どころか肩まで引きずり込まれてます。

ではでは。

※追記


【 YUNUO GAMES 】47 HEROINES オープニングムービー Ver 1.1です。

カンザキイオリadding"K" この主題歌を歌っているのはいったい何者なんだ……? わからない。K……? いったいどこの何譜さんなんだ?

どうでもいいんですけど、これタイトルから察するにヒロイン47人出てくるんですよね? 乃木坂のギャルゲかな? 松村あたりに背中から刺されろ

あ、近々カンザキイオリ×花譜の完全オリジナル曲が出るそうです。オマエら聞けよな!

感動の最大瞬間風速

   人は感動を求めがちな生き物だ。ドラマで、映画で、小説で、漫画で、アニメで、あるいは音楽で。誰しも日常にドラマチックを求めている。

 

   だけど、普通に生きているとそれはどうにも手に入れ難い。

 

   街角でパンを咥えてクラウチングスタートを切ってもイケメンないしは美少女にはぶつからない。ぶつかるのは小学生が漕ぐチャリだけ。前見て走ろうな。

 

   じゃあどうするか。決まっている。ディズニーへ行くのだ。食パン咥えてる場合じゃない。夢の国へGO

 

   元カノ曰く、

 

「ディズニーには幸せがある」

 

   らしい。

 

   おいおい。頭おかしくなったのか。現実を見ろ。なんで夢の国なのにペットボトルのお茶が200円するんだ高えよ。だいたい何が東京ディズニーランドだ。千葉浦安ランドに改名しろ。地名詐欺じゃねーか。

 

   まあそれは置いといて、彼女たちはそういう生き物なのだ。クソ寒い時期に制服ディズニーして、コンバース履いて、ご丁寧にプリクラ撮って「ババアすぎ無理😂」ってインスタにあげる。そういう生態。いい加減にしろお前いつまで高校生気分なんだ。

 

   いたでしょ。「年パス買って何するの?」って聞いたら「ご飯食べてる」って答えるやつ。


   お前は年パス持ってるから入場フリーかもしれないけど、こっちはそうじゃないんだ。月に3回も呼び出すのをやめろ。あとお茶が高えよ馬鹿か。

 

   だが、恐ろしいことに彼女たちはそれに感動を得ている。自分からしたらまったく理解できないことだが、エレクトリカルパレードに涙する要素があるらしい。あんなんただの電飾だろ。目潰れてんのか。

 

   前置きが長くなった。こんだけ散々にディズニーをdisっておいて、じゃあお前は何に感動するんだって?  そんなもん決まってる。ライブだ。

 

   実際ディズニーに行く金があるならライブに行きたい。ライブハウスだったら三回。ドームでのライブだったら一回はいける。

 

   感動には風速がある。それは徐々に強まったりもすれば、突然MAXまでぶち上がったりもする。前者はともかく、後者のジェットコースターのごとき落差は凄まじいものがある。なんかよくわからないままに感動するのだ。

 

   一気にMAXまで上がる感動。その原動力は何か。それはずばり、一体感だ。ギターのリフを通して、ドラムのキックで、ヴォーカルの声で。僕らオーディエンスはそれらに自分の身体を委ねる。

 

   人間はエレクトリカルパレードの電飾にはなれないが、ライブを構成する要素にはなれる。それがたまらなく楽しい。ベース?   知らねえ。

 

   ライブじゃなくてもいい。

 

   例えばサッカー。前半6分、香川がW杯でゴールを決めたシーン。みんなが盛り上がったハズだ。お前ら普段サッカーなんて見ないだろ。

 

   なのに、あの一体感よ。


   他人を通して感動が流れ込んだ際、こっちの事情なんて構わずに時速150kmで駆け抜けていって、自分もそれにひっぱられてしまう。結果として、よく分からないけど感動するっていう現象が起こる。

 

   僕はそれがたまらなく好きなのだ。デートでディズニーよりも、一人でライブがいい。だから元カノとも分かり合えなかった。だってディズニー何かとモノが高いし。

 

   あー、カウントダウンJAPANキズナアイのライブ当たんねーかな。

 

   ん?   ライブのドリンク代?   500円だけど?

 

   ではでは。